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                         龍門寺の「白」と「黒」

                       

豊臣秀吉による朝鮮半島出兵、いわゆる文禄・慶長の役(1592−98)の折、薩摩藩主・島津義弘が連れ帰った80人余の朝鮮人陶工は、薩摩藩内に居住地を与えられて開窯、薩摩焼の源流をなした。藩内各地で興隆したこれらの焼物を総称して「薩摩焼」と呼ぶが、「帖佐焼」「苗代川焼」「龍門寺焼」「長太郎焼」などを主流に、多くの窯がある。作風は、藩に献上した「白薩摩(白もん)」と庶民の日常雑記「黒薩摩(黒もん)」の二系統に大別される。陶石を産出しなかった薩摩藩内では、白土を工夫し、精緻で豪華絢爛たる「白薩摩」を完成させたが、庶民の使う日常陶器もまた「黒もん」と呼ばれ、その質朴・剛健な味わいは「民芸の雄」とも位置づけられて、愛好者が多い。

龍門寺焼は、錦江湾上に浮かぶ雄大な桜島の噴煙を望む加治木(現在の鹿児島県姶良市加治木町)の地で、古帖佐焼から別れた陶工・山元碗右エ門により開窯されたと伝えられる。以後、芳工、芳寿等の名工を出し、現在に受け継がれている。

特色ある黒釉、飴釉、三彩、鮫肌、白に打掛など多様な技法で、優美な名品、質実剛健の日常雑器などを生み出した。
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               龍門寺 口付き徳利
                         江戸時代 

白の胎土を生かした陶器は、丹波、上野、小鹿田などにもみられ、江戸後期に各地で流行した技法と理解できる。龍門寺でもこの白土による優美な焼物が作られた。この口付き徳利は、酒または醤油の徳利として用いられものだろう。胴の部分が縦長にゆるやかに底部へ向かう造形が秀逸。緑の釉薬の打ちかけが、美しい抽象文様を描く。


                     

                龍門寺 口付き徳利
                          江戸時代 

白薩摩の技法が生かされた白の胎土による日常雑器も三彩の技法を応用した緑と茶色の二色の釉薬の打ち掛けによって優美な味わいとなった。口辺はやや広く、首の部分が少しくびれて愛らしい。酒または醤油などを樽から受けて盃へ。あるいは片口の小鉢へ。長い年月使用され続けたことによる古色もよろしい。


                     

                 龍門寺 徳利
                          明治時代 

これは酒徳利である。柔らかな白土の色を残し、首に飴釉の掛け分けで意匠とし、あとはただ、すっきりと佇む。この焼成による日常雑記は明治期まで盛んに焼かれた。


                     

                龍門寺 飴釉徳利  
                  江戸時代 

光沢を帯びた飴釉薬の黒褐色が深い味わいを出している。胴の一部に焼成時の焼きむらと釉流れがあるが、それも「けしき」として受容できる。酒徳利として実用されたものだろう。


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