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草刈りを中断している。
森のホタル=ヒメボタルが大量に発生し、庭先やわが「九州民俗仮面美術館」の窓辺にまでやって来るのである。
チカチカと点滅を繰り返しながら、草に止まりそうになったり、またふわりと舞い上がったりする。
これはオスである。
ヒメボタルのメスは飛行できないため、草木につかまった状態で発光するという。
そうだとすれば、この辺りの草むらにもヒメボタルがいて、恋愛成就の瞬間を待っているのではないか。
森に幽玄の光を明滅させながら浮遊するのはオスのヒメボタルで、メスを求めて移動中なのであろう。
草を刈ってしまえば、彼らの生殖の場に深刻な打撃を与え、棲息分布に影響を及ぼす恐れがある。
草刈りは一休み。


「森のホタル」と呼ばれるヒメボタルは、陸生のホタルで、日本では本州・四国・九州・屋久島にまで広く分布するという。
八重山地方には ヤエヤマヒメボタル.、石垣島にはイリオモテボタルがおり、南に連なる島々には多くの同種のホタルがいるらしい。水辺ではなく、森林地帯に棲息するため、人目にはつきにくくあまり知られてはいないが、
世界的にみれば、陸生のホタルのほうが分布は多いのだという。
餌はカタツムリ類だというが、こんなに多くのホタルを養うほどのカタツムリがこの森にいるのかどうか、不思議である。以前、カタツムリの仲間のキセル貝の大量発生を見たことがあるが、これもヒメボタルの餌の一つなのだろうか。
キセル貝は、体長2センチほどの細く小さな陸生の巻貝で、森の朽木や落ち葉の下などで発見されることがある。けれども、ホタルの大群を養うほどの分布があるとは思えない。山や森には、まだ多くの不思議がある。
このキセル貝は、熊や猪、鹿などを狩る猟師が「山オコゼ」と呼び、海のオコゼの代わりに山の神に捧げる地方があるという。山の神は女神で、醜貌であるゆえ、自分よりも醜いオコゼをみると上機嫌になり、獲物を授けてくれるのだという。
だが、海のオコゼとキセル貝とは全然似ていない。ここにも一つ、山の不思議がある。


今夜は、仮面美術館の窓を開け放ち、部屋の明かりをすべて消して、ヒメボタルの群舞を見ることとしよう。山の神や水神、神楽の主役や道化、翁、謎を秘めた女面。100点を越える仮面の展示された部屋に舞い込んでくる森のホタルがいるかもしれない。
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夕暮れ時、「九州民俗仮面美術館」の周辺の森は、幻想的な光の点滅で彩られる。
「森のホタル=ヒメボタル」が今年も大発生し、群舞しているのである。
陸生のヒメボタルが、このような場所に棲息するわけは、昨年の梅雨に判明した。
彼らの餌となる陸貝「キセル貝」がこの森には群生しているのである。
それが近年の特異な自然現象なのか、昔から繰り返されてきた生態系の一場面なのかは、今のところ分からない。
ゲンジボタルやヘイケボタルよりも小さく、淡い橙色の光をチカチカ、
チカチカと点滅させるヒメボタルもまた、大変魅惑的で、可愛らしい。
少し手を伸ばすと、その森と同化したような暗い空間から、ふわりと舞い降りてきて、指先に止まるものもいる。
今夜も、近所の子どもたちが集まってきた。


ヒメボタル(姫蛍)は、清流ではなく、森に棲息する陸生のホタルである。
成虫がよく光るが、それはオスであり、メスは飛行できないため、分布地の移動性が低いという。
源氏ボタルや平家ボタルに比べて一回り小さく、光る速度が速い。
そのため、森の中で、チカチカ、チカチカと小さな明滅を繰り返して見えるのである。
この茶臼原台地の一角、私たちの住んでいる「森の空想ミュージアム/九州民俗仮面美術館」の周りの森には、毎年、このヒメボタルが発生する。森の奥から光り出てきたものが、展示中の仮面の部屋に迷い込んできて、幻想的な点滅を繰り返したこともある。旧・協会を改装した「祈りの丘空想ギャラリー」の周辺で明滅するヒメボタルもまた、美しく、夜の森を飾った。