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風のアート・
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   ☆☆
町づくりと
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由布院空想の森美術館 の15年


 地域再生と
アートの会い  を巡る旅


高千穂
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空想の森のアートワークショップ


石井記念
友愛社


このコーナーの文は、加筆・再構成し
「精霊神の原郷へ」一冊にまとめられました

 黒い女面/
  黒神子


  猿田彦

海神の仮面

 王の仮面

 忍者と仮面

 鬼に会う旅

 荒神問答

米良の宿神

  道化

  翁面


 このコーナーの文は加筆再構成され
「空想の森の旅人」
に収録されています

森の空想
エッセイ


自由旅


漂泊する
仮面



 帰る旅ー空想の森へ
☆花乱社/2018☆


   森からやってきて、さらなる森の奥深くへ―菊畑茂久馬:

日田・湯布院そして宮崎―「地域とアート」の連携を模索しつづけたその50年は、時代性と普遍性を併せ持ちつつそのまま一つの美術史である。行動する美術家・高見乾司が、“帰る旅”の地・湯布院と美術への想いを綴る。目次:序章 花野を行く 2017/ 第1章 幻の村 1948‐/ 第2章 霧の町 1970‐/ 第3章 空想の森へ 1980‐/ 第4章 町づくりと美術館―由布院空想の森美術館の十五年/ 第5章 森へ行く道/ 第6章 精霊たちの森/ 終章 帰る旅―空想の森へ



 九州の民俗仮面のコレクションで知られる大分県由布市の私設美術館「由布院空想の森美術館」が今年5月、再オープンした。経営不振による2001年の閉鎖以来、17年ぶりの再出発。同館の監修者が、自らの歩みをつづった。石切り場で働きながら絵を描き、詩を書いていた青春時代、湯布院でのまちづくり、美術館の開館と挫折、島原や宮崎などで手掛けたアートイベント…。地域の文化資源を発掘し、アートとして活用してきたこれらの活動を、本人は「アーティストとしての表現活動の継続」と位置づけている。

=2018/08/18付 西日本新聞朝刊=


 神楽が伝える古事記の真相
―秘められた縄文の記憶―
廣済堂出版/2017








百彩の森から 
―諸塚の神楽と人々のくらし―  
文・高見乾司 写真・狩集武志  (鉱脈社・4104円)

九州山地の真ん中にある宮崎県諸塚村は、山をスギやヒノキに植え替えた時代
にあっても自然林を残し、クヌギやナラなどの広葉樹を混植した「モザイクの森」
で知られる。花が咲き、実をつけ、葉を落とす山は、水を蓄え、生き物を育む。
人々の仕事も多彩。だから「百彩の森」という。

 「『山の暮らし』を儀礼化・演劇化した文化」が神楽である、とする著者。
四半世紀前から宮崎県内の神楽を巡るなかで、
古い形態を残す諸塚神楽に心を引かれてきた。

 夜を徹する夜神楽は三つ、昼神楽などは六つの地区に伝わる。
用いられる神楽面は江戸初期にさかのぼるものもあり、村内で
200超が大切にされてきた。衣装も古いものが御神屋(みこうや)を彩る。
隣の高千穂や椎葉と重なり、また異なる諸塚神楽を、1番ごとに解説し、
村の生活と四季を織り込んで一冊とした。

西日本新聞・書評より


巻頭文から

山と生きる村


精霊神の原郷へ
「民俗仮面」「祭り」への旅



 「神楽」と「仮面史」の深部へ
南九州―宮崎・鹿児島から北部九州、そして大和・吉野、奥三河、東北へと
仮面芸能の伝承地を訪ね、仮面神と語りながら、日本の仮面史の謎に挑む
土地神と渡来神の相克と交流。著者のライフワーク集大成


《さて、「神楽」と「仮面史」には、いまだに大きな謎が存在する。「縄文の土面の消滅」と「飛鳥時代の渡来仮面の登場」までに横たわる一千年に及ぶ空白期、「女面発生の時期」「翁面の起源」「宿神」「能面以前の仮面文化」等々である。「黒神子」あるいは「山と森の精霊神」に導かれた旅は、その謎を解き明かそうとする試みでもあった。九州脊梁山地の奥深く、精霊神の原郷へ分け入った旅の過程で、その謎解きの道筋の幾つかは掴み得たように思うが、謎はますます深まったようにもみえる。       (本書・あとがきより)》
                      書評
              後藤俊彦(高千穂神社宮司)

 世界には仮面舞踏というものが各地に存在する。私が1979(昭和54)年に初めてヨーロッパに招かれて高千穂神楽の公演を行ったフェスティバルのテーマは「仮面とその機能」であった。しかし、ケルト文化を継承するヨーロッパ諸国の一部を除けば、わが国の神事芸能で用いられる「面(おもて)」はそれらと著しく異なる機能を有している。
 日本全国に分布する里神楽に用いられる面の多くは、祖先神であり、自然神である。従って、人間自身の心を表現する能面などとは異なり、神楽の面には異形、異相、勢い、笑いと力とエロティシズムなど多様にして奥深い個性と魅力がある。
 このたび刊行された「精霊神の原郷へ」は、そのような仮面神に魅せられた著者の心の遍歴の記録であり、信仰の告白でもある。
 かつて由布院空想の森美術館を構え、民俗仮面の収集家でもあった著者が「黒神子(くろみこ)」という謎の黒い女面とであったことそのものが人智を超えた「神縁」であり、高見乾司という一人物をして「神楽」と「仮面史」の深奥へ、漂泊の旅人たらしめたきっかけである。
 米良、椎葉、高千穂、高原など、県内各地域の神楽や伝統の祭礼をはじめ、北部九州、大和、吉野、奥三河、東北にまで足と想像力を運ばせて神々と向き合う一途(いちず)さには驚嘆する。その時々の氏の豊かな感性や詩情でつづられた記録と文章にはその場に読者たる私どもを引きずり込む臨場感がある。いつの間にか読者は著者とともに祖霊や異界の神々の世界へと誘われているのである。 
 古事記編纂1300年は、神話とともに、祖先の歴史とともに継承されてきた民俗の芸能を見つめ直す重要な機会でもある。記紀は記録の中に、そして神事芸能や伝統の祭礼は仮面とその形態の中に、古代人のメッセージを宿している。
本書はそれを知る重要な書物である。(2013年3月31日 宮崎日日新聞)

ご注文は
鉱脈社 営業部(担当・渡辺)
住所 〒880-8551 宮崎市田代町263番地
メール webmaster@koumyakusya.co.jp
電話/FAX 0985-32-4819/25-7286
が便利かつスピーディーです。
「アマゾン」「楽天ブックス」等でもご購入いただけます。

 
神々の造形・民俗仮面の系譜 
高見乾司・文/高見剛・写真(鉱脈社)[出版のご案内]


2012年、表記の書籍を出版することが出来ました。
LIXIL出版「山と森の精霊―高千穂・椎葉・米良の神楽―」に続く本です。
同書の序文を転載し、紹介とします。

 本書は、2003年10月7日から12月20日まで、東京・目黒区駒場の「日本民藝館」で開催された「九州の民俗仮面」展の図録として作成されたものに新たな情報を加え、「増補新装版」としたものである。
日本民藝館で「九州の民俗仮面」展は、「由布院空想の森美術館」(1986−2001)が閉館となり、行先を失っていた同館の仮面コレクションを、それ以前に同館を訪れて見てくださっていた民藝館の学芸員・尾久彰三氏が、日本民藝館で展示することにより多くの人の目に止まり、またその後の活用法も見いだされるのではないか、と配慮してくださり、実現したものであった。
 日本民藝館の創設者・柳宗悦は日本の民俗仮面の美しさと歴史的価値などに早くから目を留め、収集も行なっていたから、私どもにとっては願ってもない企画であり、明治期の流出から様々な経緯を経ながら漂泊を続けていた九州の民俗仮面たちにとっても晴れ舞台ともいうべき場であった。総数220点を展示したこの展覧会は大盛況で、九州の仮面神が放つ神気が、多くの来館者に衝撃を与えたのである。
 「ようやここにくることができました。仮面たちの意味や価値が、ここに展示されたことであらためてよく伝わってきますね。九州というトポスの謎ですね。」「仮面のパワーに負けそうです。この展示会が大きなみちひらき≠ノなることを心から祈っています」「仮面の魂とそれを継承してきた人々に感動しました」「日本にもこんなものがあるのかと驚嘆しました。迫力に圧倒されました。大胆な表現力、土俗的エネルギー、神話世界、魂のルーツへとたどる旅です」「仮面の中に流れる時=歴史≠ェ語りかけてくる。静けさの中にある重みがすごい」「深い喜びとエネルギーが降り注がれてくる」
 会場のメモ帖には、多くの人の言葉が記され、その反響の大きさを今も語ってくれている。同展の期間中には東京・京橋の「アートスペース繭」、同銀座の「ギャラリー飛鳥」でも協賛の企画が開催され、好評を博した。
 その後、この九州の民俗仮面を巡る状況は大きく展開した。まず、2004年には愛知県「豊田市民藝館」で日本民藝館の企画を引き継ぐ形で「九州の民俗仮面」展が開催され、2005年に東京品川・高輪プリンスホテルで国際宗教学宗教史会議に協賛して「変身する神々/九州の民俗仮面展」、西都市の西都原考古博物館で「九州の民俗仮面展」と開催が続いた。そして、2006年3月には、トヨタ財団の助成を受けて「九州民俗仮面美術館」を現在地に開設することができた。日本の福祉の先駆者として知られる石井十次が開拓した福祉の拠点「石井記念友愛社」の森の一角は、仮面たちの故郷ともいうべき土地だったのである。由布院を出て五年目の春であった。友愛社の現・理事長児島草次郎氏が提唱する「福祉と芸術の出会いによる理想郷づくり」に共感し、「森の空想ミュージアム」を運営しながら続けてきた活動がここに一つの結実を見たのである。
 続いて、2008年には、由布院から日本民藝館へ、そして九州民俗仮面美術館へと転々したこの仮面コレクションの内90点が九州国立博物館に収蔵された。収蔵に至る過程で、本書のデータと日本民藝館をはじめとして各地で行なった種々の企画が、重要な役割を果たしたことはいうまでもない。この報は地元紙西日本新聞の一面トップ記事で報じられ、支援してくださった皆さんが共に喜びを分かち合ってくれたことも感慨深く思い出される。
 九州の民俗仮面たちは、その歴史的価値、優れた造形性など、実力を認められてようやく「公共」の文化遺産として保存され、展示され、調査研究が続けられてゆくこととなったのである。
 この間、「民俗仮面」に関する考古学上の大きな発見があった。その一例は2007年佐賀市金立町東名遺跡で発掘された縄文時代の木製大型人面である。これは南九州に多く分布する大型の「王面」と呼ばれる奉納仮面、守護面等と性格・用途が類似するものであり、九州の先住神が仮面として造形されたものと推定できるものである。二例目は同年に奈良県纏向遺跡で発掘された1800年前の「木製仮面」である。それは木製の鍬を転用したもので、この時代(大和王権成立直後)に政権の中枢部であるこの地で農耕儀礼にもとづく先住民系の仮面祭祀が奉納されたことを示す資料であった(この二例については本文で詳述)。
 私の神楽通いも継続され、新たな発見や視点の深まりもあった。課題となっていた「翁面の起源」や「宿神」「女面の源流」などについても多くの進展がみられた(これらも「増補/神々の造形・民俗仮面の系譜」の項で詳述)。
 さて、本書を増補新装版とするにあたり、以上をふまえ、加筆を前提に全編を読み返してみた。すると、文章は、仮面の解説については大幅な逸脱はないように思え、エピソードや点景もほどよく配合されており、当時の心情や空気感までもが記録されているように思えたので、本文についてはあまり手を加えずに残すこととし、「序文」と「増補」のみを加えることとした。日本民藝館での展示準備をしながら、本文を書いていた時期から10年に近い時が流れている。このたび、このような形で本書が再編されることを無上の喜びとし、本文・写真資料編へとご案内する次第である。


 山と森の精霊―高千穂・椎葉・米良の神楽―

「山と森の精霊―高千穂・椎葉・米良の神楽―」展/ブックレットが完成しました。
LIXIL大阪ギャラリー、東京銀座の「LIXILブックギャラリー」、
全国の書店、アマゾンなどで購入できます。
ここではその概要をピックアップします。



表紙は、高千穂・野方野神楽の「舞い入れ」風景。野方野神楽は、
牛神様(古くは石神様)を主祭神とする神楽で、野方野地区牛神神社に伝わる。
神社での神事の後、長い道のりを神楽宿(地区の神楽伝承館)まで「道行き」する。
その神々降臨の行列について歩き、ようやくたどり着いた神楽宿に
舞い入る直前、外神屋を三周する場面。


目次。
高千穂秋元神楽・秋元神社での神事前。神々と年少の伝承者の交歓がすでに始まっている。


「神楽とは」
神を招き降ろして祈りを捧げ、歌舞や音曲などの神事芸能を奉納して、
神と人が一体となった宴を催す。その祭りのことを一般に神楽と呼んでいる。
神楽は全国に夥しい数があるが、なかでも宮崎県には300を越える神楽が
伝承されている。特に山深い九州脊梁山地に位置する高千穂・椎葉・米良の地域には、
夜を徹して行なわれる夜神楽が、古いかたちを保ったまま守り継がれている。
「古事記」や「日本書記」に登場する天孫降臨の神話を伝える宮崎では、
岩戸に隠れた天照大神を誘い出す「岩戸開き」の物語を軸として、
神楽の演目が展開される。そこに、高千穂では色濃く残る修験道が、
椎葉では狩猟儀礼や森の民俗が、また米良では南北朝の哀史が織り込まれて、
複雑な旋律を奏でていく。それぞれの土地の古層に潜む神々や伝説、
そこに生きる人々の暮らしや想い。古代から連綿と守り継がれてきた
神楽が醸す豊饒な世界。そこに人々は魅了されていくのだろう。(編集部)

☆☆☆

目次から
□神楽とは
□神楽伝承地図
□高千穂神楽・椎葉神楽・米良の神楽
□神楽に登場する仮面神
□仮面・神々の造形 高見乾司
□「ふゆまつり」の神々 中沢新一
□神楽―自然と人間の交流のドラマ 鈴木正崇
□神楽を伝承する人々 編集部


読売新聞 <本よみうり堂>書評 です

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本文  書評
『山と森の精霊 高千穂・椎葉・米良の神楽』 高見乾司ほか著

評・三浦佑之(古代文学研究者・立正大教授)

 九州の背骨に位置する高千穂・椎葉・米良は、日本列島のなかでももっとも山深い
集落が点在する地域、そしてそこは神楽の宝庫。晩秋から初冬にかけて、あちこちの
集落で笛の音が響き、華やかに着飾った神々が舞い、見守る村人たちからにぎやかな
掛け声が飛ぶ。よそ者の私も、ふるまいの焼酎で暖をとり、村が生きていることを実感する。

 登場する神は、山から訪れる精霊であったり神話に出てくる有名な神であったりするが、
次から次へと人々の前に現れ祝福する。先祖の霊もやってくる。手力雄(たぢからお)
の神が天の岩戸を持ち上げる頃には、夜を徹して舞われた神楽の庭も明るくなっており、
村は、新しい活力に満ち溢(あふ)れる。

 狩猟的な性格のつよい九州山地の神楽は、個性豊かな表情をした仮面を眺めて
いるだけで飽きることがない。著者のひとり高見乾司は、神楽に用いられる数々の面は、
アジアから九州に流入したものが中央に伝わり、ふたたび九州に逆流したのちに、
原形を保って伝えられたものだと推測する。本書に並べられた数々の仮面を眺めていると、
その長い長い旅が想(おも)われる。(LIXIL出版、1800円)

(2012年11月12日 読売新聞)

*三浦先生、ありがとうございます。
どこか、神楽の場でお会いしているかもしれませんね。(高見)




米良山系の神楽
 
その伝承世界と仮面神の系譜

南北朝伝承と宿神伝承
山の神伝承と狩猟儀礼・・・

山人の誇り高き歴史を秘め
仮面神の舞が雅に厳かに展開する

西米良村から西都市・木城町まで
米良山系に伝わる神楽の全体像

二十年にわたり、九州脊梁山地の山々巡り、
神楽を見続けるうちに、神楽と仮面神が伝える驚くべき深層が見えてきた。
神楽とは、「大和王権=日本という国家」の成立を語りながら
「土地神」の歴史を巧みに織り込み、語り継いできた「地域史」であった。
それは、「山と森の精霊神」ともいうべき神々の姿であり、
自然界の偉大な神々と同化し、生き抜いてきた逞しく誇り高い
「山人<やまびと>」の実相であった。
(以上は「帯」の文)

*2010年に刊行された 高見乾司著「米良山系の神楽」(鉱脈社)
のカバーが変更になりました。
上記が新しいカバーです。




こちらが旧版。「神和(白い女面の舞)」の烏帽子が箱型になっている、
「大王様」が烏帽子をかぶっていない、という欠陥があったため、
出版社にお願いして変更していただきました。
これまでに旧版をご購入いただいた方は、著者責任でお取り替えいたします。
「帯」は従来のままお使いください。
伝承者の皆さん、ご購入くださった皆さん、大変失礼をいたしました。
また、今後もお手数をお掛けすることになります。
ここに改めてお詫びし、ご協力をお願いいたします。

交換ご希望の方は旧版カバーを封書にて下記宛てにお送り下さい。
折り返し、送料当方負担にて郵送させていただきます。
なにとぞよろしくお願いいたします。

*本体・本文の内容には変更はありません。

〒881−0026
宮崎県西都市穂北5248−13
森の空想ミュージアム/九州民俗仮面美術館
高見乾司
TEL0983−41−1281



米良山系の神楽 内容案内 amazonより

九州脊梁山地の東側、一ッ瀬川の源流から支流に沿って広大にひろがる「米良の庄」。西米良村から西都市東米良にかけてのこの地には、各地区ごとに中世の面影を伝える独特の神楽が伝承されてきた。この神楽全体にはじめて光をあてる労作。王朝の雅を伝える舞い振りから、神楽の成立を南北朝と菊池一族にさぐり、宿神信仰や山の神信仰との関連、さらに女人の舞いの系譜を明らかにする。迫力のカラー写真とも併せ、詩情あふれる秘境の神楽案内。


 西米良神楽
西米良村教育委員会編
文・高見乾司/写真小河孝浩
鉱脈社刊・2009



*この一冊で西米良神楽がわかる*
九州脊梁山地の中央部に位置する宮崎県西米良村に伝わる
「村所神楽」「小川神楽」「越野尾神楽」
の三座の神楽の三十三番の神楽を詳細に解説。
さらに村所神楽の社人が勤める
「狭上神楽」「横野神楽」「上米良神楽」の資料も付記し
、広大な米良山系に分布する
旧・東米良の神楽の特徴と共通点なども俯瞰する。

西米良神楽探訪必携の書。


大分県湯布院町に誕生し、まぼろしのように消えた「由布院空想の森美術館(1986〜2001)」。その誕生から閉館までのドラマティックな15年間を回想しながら、湯布院町・町づくり運動とアートの関連、著者の少年期のこと、「九州の民俗仮面」との出会い」などを記録したエッセイ集。湯布院から宮崎へと移り住み、福祉の先駆者・石井十次が拓いた「友愛社」との出会いや、そこで獲得した穏やかな日常、九州の民俗仮面の起源を求め、九州山地の祭りや中国少数民族の村などを訪ねる旅なども描かれる。

<鉱脈社・平成17年3月刊・1890円>

「九州の民俗仮面」とは、南九州を中心に濃密な分布をみせる神楽や民間祭祀などに使用された仮面のことである。1980年代前半頃、著者は横を向いた一個の「鬼面」に出会う。ぽっかりと空いた片方の目の空洞の奥に広がる「異界」を見た時―それが、仮面を巡る著者の旅の始まりであった。それは、九州の古代史・アジアの仮面史・日本の芸能史などが縦横に交差する「仮面文化の十字路」に立った瞬間でもあった。
*写真資料を豊富に掲載。新資料による詳細な解説も加えた。
<鉱脈社 2800円>

英彦山峰入り修行同行記―「天上駈け」とは、かつて行われた英彦山峰入り修行の別名でもあった。古記録をもとに、復活された古式の峰入り修行に同行した著者は、山伏とともに修験の道を歩き山中に泊り、峰を駈ける。そこは、著者が少年期を過ごした山の村に隣接する山脈であり、英彦山の開山にまつわる伝承を秘め、古代精銅・製鉄の拠点でもあり、仏教伝来の道でもあった。
*著者の弟・写真家の高見剛は、峰入りに同行すること10年。これまで秘密とされてきた修験道の根本修行である峰入りの全貌を克明に記録、後世に手渡すべき貴重な資料ともなっている。<鉱脈社 2800円>
南九州(古代隼人文化圏)に分布する「王」の仮面。古代隼人文化圏とは、日向隼人、阿多隼人、大隈隼人、薩摩隼人、熊襲などと呼ばれた人々が居住した地域で、現在の宮崎県・鹿児島県・熊本県南部と奄美・琉球諸島を含む。ハヤヒト=ハヤトとは、黒潮=南風(ハヤ)に乗って移動した人々の意である。火の神、山の神、海の神など多様な相貌をもつ「南の王」の仮面は、はたして仮面文化の謎を解く鍵となるであろうか。
*エッセイ風に綴った仮面史探訪紀行。<海鳥社 品切れ>
謎の神・猿田彦を追う旅。北部九州・英彦山山系の山で行われた田植え祭り。四月の雪が、桜の花と一緒に散り、夢幻の境地へと著者を誘った。豊穣の神・田の神は、祖先神であり、芸能の初発の形態を示すものであった。北部九州から南九州・沖縄へと巡る旅には、境の神・道開きの神猿田彦との出会いが準備されていた。<海鳥社 品切れ>。

  
豊かな自然環境と町づくり運動で知られる湯布院町で、独自の構想のもとに「由布院              空想の森美術館」を設立した著者の、「町と自然とアート」を巡る10年間の思索と発               言。1996年度「地方出版文化賞」(次席)受賞。<1995年/海鳥社刊 2600円>

  
1986年に設立された「由布院空想の森美術館」。その森に包まれたおだやかな日               常の中にふと見い出す生の安らぎやぬくもり。自然との交感、大地との対話を草木染
めのようなしっとりとした筆致で紡ぎ出す随筆集。
<1990年/青弓社 1(絶版)>


さわさわと吹き渡る風に誘われて、今日も森へ行く。折々の草花に彩られ、小さな生き
物たちの棲むそこは、歓喜と癒しのひとときを与えてくれる。「空想の森」から届けられた
フォトメッセージ。写真は弟の高見剛 <1997年/海鳥社 2600円>




*以上の他に、「詩集石切り場」(葦書房)、「ゆふを織る」(不知火書房・共著)、「謎の猿田彦」(創元社・鎌田東二編・共著)などがあります。いずれ紹介します。本の整理をするのは好きだけれど、自分の本の整理はなかなかしないもの。振り返るのが恐いような、湯布院時代のことを振り返らずに生きてゆこう、とする心理が働いているような。それでも、通りがかりの町の古本屋の棚に自分の本が並んでいると、嬉しくて、つい自分で買ってしまうし、山深い里の神楽の焚き火に手をかざしながら、「貴方の本を読みましたよ」などと初対面の人から声をかけられた時などは、生きていてよかった、とさえ思うのです。次の書を著すエネルギーはこんなところから湧いてきます。「火の神・山の神」「豊穣の神・境の神」「空想の森から」の三冊は、在庫がありません。増刷になるほどの実力もないようですが、インターネット古書などに時々出ていることがあります。これも妙に嬉しい。自分の本がこうして生きつづけてくれている、と思うのです。本の照会文は、少し照れくさいけれど主に「帯」の文章からいただきました。
(高見乾司)

Copyright(C)1999 by the YUFUIN FANCY FOREST MUSEUM OF ART
聲森の空想ミュージアムホームページ(http://www2.ocn.nejp/~yufuin以下)
に含まれるすべてのデータについて無断で転載・転用することを禁止します。

◆リンクについて、非商用目的なものに限り自由です。リンクを張られる際は
takamik@tea.ocn.ne.jpまでご一報ください。編集・高見乾司
(SINCE.1999.5.20)